PSA高値を指摘された患者さんへ
PSAは前立腺特異抗原と呼ばれ、主に前立腺から分泌されるタンパク質です(微量のPSAは乳腺組織や胸腺など別の場所でも産生されています)。PSAは前立腺細胞の内側に存在していますが、前立腺がんがあるとPSAは血液中に取り込まれ、血液中のPSAが高くなります。
多くの方が人間ドック、検診あるいは泌尿器科の外来での血液検査でPSA(前立腺特異抗原)の異常を指摘されることがきっかけとなります。
①PSAとは?
前立腺特異抗原(PSA)は健康診断などで測定される前立腺がんの腫瘍マーカーです。一般的にPSAが4.0 ng/ml以上の場合前立腺がんの可能性があり(年齢によって、3.5や3.0を基準とすることがあります)、泌尿器科専門医の受診が勧められます。しかしながらPSAが高いからといって必ずしも“がん”というわけではありません。PSAは前立腺肥大症や前立腺の炎症などの良性疾患でも高くなることがあり、われわれ泌尿器科の医師はPSAが高い原因や前立腺がんの有無を的確に診断しなければなりません。最終的に前立腺がんの有無を確定するためには「前立腺生検」と呼ばれる組織検査が必要になります。
②PSA高値の場合の再検査・精密検査について
PSAが高いと言われた場合、泌尿器科では一般的に下記の検査を行い、前立腺がんの可能性が高いかどうか調べます。
1)PSAの再測定
PSAは前立腺の炎症で一時的に上昇することがあります。前立腺の炎症は、細菌感染症や長時間の座位、アルコールの摂取などが原因で起こることがあり、健診の時にPSAがたまたま上昇していた、という場合があります。PSAが炎症で上がっていた場合、再検査で正常値になる可能性があります。特に健診で毎年PSAを測定している方の場合、昨年まで正常値だったPSAが急激に上昇している場合には、もちろん前立腺がんの可能性もありますが、炎症など一過性のPSA上昇の可能性も考えます。抗生物質や前立腺の炎症治療薬を内服後にPSAを再検査することもあります。
2)PSA FT比(Free-Total PSA比、フリー/トータルPSA比、エフティー比)
PSAは主に前立腺から作られるタンパク質ですが、その中にはFree-PSA(フリーピーエスエー)と呼ばれるタンパク質が含まれています。このFree-PSAがPSA全体を100%とした場合、どれくらいの割合(何%)で含まれているかの比率を算出した数値をPSA FT比といいます。例えばPSAが5.0 ng/mLで、Free-PSAが1.0 ng/mLだった場合、1.0÷5.0×100=20%と計算します。
前立腺がん細胞の中にはFree-PSAが少なく、一方良性の前立腺細胞にはFree-PSAが多く含まれることが知られており、これを利用してこの数値をがんの診断に用います。つまりPSA FT比が小さい(Free-PSAが少ない)ほど、前立腺がんが存在している可能性が高く、PSA FT比が高い(Free-PSAが多い)ほど、前立腺肥大症や炎症などのがん以外の原因でPSAが上昇している可能性が高いと判断します。
PSA FT比が10%未満であれば前立腺がんの可能性が高く、20%以上であれば前立腺肥大などによるPSA上昇の可能性が高いと言われています。前立腺肥大症でPSAが上昇している場合にはFT比が30%以上となることもあります。10~20%の間の場合、グレーゾーンでどちらとも言えません。FT比のみで前立腺がんの有無を診断することはありませんが、生検をするかしないか決定するために参考にすることがあります。最終的にはMRIなど他検査の結果とあわせて、前立腺がんの可能性を判断していきます。
3)直腸診
お尻の穴から指を入れ、前立腺の触診を行います。患者さんには嫌な検査ですが、痛みも少なく数秒で終わります。正常の前立腺は消しゴムのような硬さ(弾性硬)として触れますが、前立腺がんの多くは石のような塊として触知します(石様硬と言います)。直腸診だけで前立腺がんがはっきりわかることもあります。また、前立腺に炎症があると直腸診で痛みを感じることがあり、この所見も参考になります。
稀にPSAを多く産生しない前立腺がんも存在し、直腸診が診断の決め手になることもあります。がんの広がり(前立腺の外まで広がっているか)も分かることがあり、昔から行われている重要な検査ですが、前立腺の全ての場所を触ることはできない(前立腺の腹側(恥骨側は触れない)ため、最終的にはMRIなど他検査とあわせてがんの可能性を判断していきます。
4)腹部超音波検査、経直腸前立腺超音波検査、PSA density (PSA密度)
腹部超音波検査あるいは経直腸前立腺超音波検査で前立腺の大きさ(体積)を測定し、前立腺肥大の有無や癌を疑う異常部の有無を調べます。近年はMRI検査を行うことが多く、MRIで前立腺体積がわかるため、超音波検査は割愛することがあります。PSAの値と前立腺体積との関係は非常に大切です。PSA値÷前立腺体積の計算で算出できる値をPSA density (PSA密度)と言います。つまり、前立腺1㎤中に、PSAがどの程度含まれているかを表す数値です。前立腺肥大がある場合にはPSAが高くなりやすいため、この前立腺細胞1㎤がどの程度PSAを産生しているのかを調べることでがんの可能性を判断します。
一般的にはPSA densityが、0.15あるいは0.2以上の場合、前立腺がんの可能性が高いと判断されることが多く、このPSA densityは前立腺癌の存在だけでなく、前立腺癌の予後にも関係していると報告されています。PSAが4.0ng/mlで、前立腺体積が80㎤(前立腺肥大)の場合、PSA densityは4.0÷80=0.05となり前立腺がんはあまり疑いませんが、PSAが4.0で前立腺体積が15㎤の場合PSA densityは0.27となり、肥大がないのにPSAが上昇していることから前立腺がんの可能性が高いと考えます。この数値のみで前立腺がんの可能性を診断することはできませんが、MRIで明らかな癌は疑わないが、PSA densityが高い場合には、年齢によって前立腺生検を勧めることがあります。
5)前立腺MRI検査
近年、前立腺がんの存在を診断するためにもっとも有用な画像検査がMRIです。MRI検査を行うことで、前立腺がんの有無だけでなく、がんの存在位置、大きさ、悪性度、周囲への拡がり(膀胱や精嚢への浸潤)などをある程度診断することが可能です。MRI検査で前立腺がんの可能性が高いと判断された場合には、がんを疑う部位を狙った前立腺生検を勧めます。一方、MRIで明らかな異常が無い場合でも癌の存在を完全に否定することはできません。MRIが正常でも、10%程度の方に重大な前立腺がんが潜んでいることがあると言われています。MRIが正常でも、年齢、前立腺がんの家族歴、直腸診、PSA FT比、PSA densityなどの結果で、前立腺がんが存在する可能性を疑う場合には、生検を勧めることがあります。
健康診断などでPSAが高いと指摘された場合、あるいは前立腺がんが心配で検査を希望される患者さんに対して、「ごんどう泌尿器科」では上記の検査を行い、前立腺がんが存在する可能性を調べさせていただきます。
上記検査で前立腺がんの存在が疑われる場合、確定診断のために前立腺生検を行うことを推奨しています。
③前立腺生検について
前立腺生検は、肛門から超音波機器を挿入し、前立腺に数か所針を刺して前立腺組織を採取する検査です。前立腺がんの確定診断はこの前立腺生検で行われます。採取した前立腺組織を病理医が顕微鏡で診断し、がんの有無を調べます。前立腺生検を行う場合、直腸を介して針を穿刺する経直腸的生検と、会陰部(陰嚢と肛門の間)から針を穿刺する経会陰式生検の2通りの方法があります。どちらの方法も一般的に行われており、どちらの方法で行っても問題ありません。経直腸的生検、経会陰式生検どちらの方法でも局所麻酔で行うことが可能ですが、多少の痛みを伴います。また稀ですが、血尿、細菌感染症(前立腺炎)、排尿障害、経直腸的の場合血便などの副作用が出ることがあります。
生検する針は非常に細いので、ただやみくもに前立腺に針を刺しても、「がん」に当たらなければ意味がありません。MRIでがんが疑われる場所が超音波検査でも見えることもありますが、見えない場合には的確に異常部位を穿刺することはなかなか困難です。そこで最近はMRI検査で前立腺がんが疑われる場所が見つかった場合に、MRI画像と経直腸超音波画像をコンピューターが融合し疑う場所をしっかりと狙って生検することができる「MRI-前立腺超音波画像融合前立腺生検(MRI-US fusion biopsy)」を行っている施設が増えており、高い精度で狙った場所を生検することが可能になっています。「ごんどう泌尿器科」では、患者さんのPSA値、MRI結果、年齢、持病の有無、内服薬の内容、痛みに対する希望などから、前立腺生検の必要性や、生検をする場合最適な生検方法を考えさせていただきます。「ごんどう泌尿器科」でも経直腸的前立腺生検を行うことは可能ですが、患者さん個々の状態や希望を考慮し、先述した「MRI-前立腺超音波画像融合前立腺生検」が必要と判断した場合や、入院での検査が必要と判断された場合には、最適な施設を紹介させていただきます。
④PSA検診について
多くの場合、検診などでPSA高値を指摘され、前立腺がんの存在が疑われます。しかしながら、PSAは、炎症、長時間の座位、長時間の自転車、射精、飲酒など前立腺がん以外の原因でも上昇することが多々あります。日本ではPSA検査は健診の必須項目とは定められておらず、市や区などの自治体や会社や検診施設によって、PSAを測定するかどうかはまちまちです。患者さんがオプションにチェックをして、測定することも多いです。“がん”検診の目的は、がんによる死亡率を減らすことであり、乳癌や大腸がんは検診によってがんの発見率が上がり、将来的な死亡率を下げられることがわかっており、必須項目とされていますが、なぜ前立腺がん検診であるPSAは必須項目になっていないのでしょうか。それは、PSA測定を必須項目とした場合に、当然ながら前立腺がんの発見率は上がりますし、また前立腺がんを早期の段階で見つけることができます。欧州で行われた大規模研究でも、PSA検診は前立腺がんによる死亡率を大幅に減少させることが証明されています(Hugosson et al. Lancet Oncology, 2011)。この研究では患者さんを14年間経過観察し、follow-upで、
PSAスクリーニングは
- 前立腺癌の診断率を50%増加させた
- PSA検診をした患者群の前立腺がん死を56%低下させた
と報告されています。
しかしながら一方で、1人の前立腺がん死を防ぐために、293人の人に検診を行わなくてはならないこと、1人の前立腺がん死を防ぐために、12人の患者さんの診断、治療を行う必要があることも述べられています。
前立腺がんが他のがんと異なることは、前立腺がんに罹患しても多くの場合長期間命に関わらないことです。前立腺がん検診を必須項目とすると、当然前立腺がんを早期に発見できる方が増えますが、早期に発見しなくても命に関わらなかったがんを発見して、治療しているかもしれないというジレンマが存在します。また、前立腺がんが無いのにも関わらずPSAが高い人に対してMRIや前立腺生検が多々行われており、これが過剰検査なのではないかというジレンマがあります。このジレンマがPSA検診がいまだ必須にならない原因です。PSAは極めて有用なマーカーですが、いずれPSAに替わるマーカーの開発が、これらジレンマを解決するために必要と思います。